須田慎一郎先生には、これまで10冊ほど書籍の執筆を依頼してきた。2022年に刊行した『一億総下流社会』(MdN新書)という書籍の取材時のことだ。執筆にあたって日本社会においての「下流」の現場を取材するにあたり、山谷、西成といったいわゆるドヤ街の風景をもう一度自分の目で確認したい。その際に、編集担当である私に同行してほしいという要望があった。
須田先生と私は、南千住で待ち合わせをし、先生の案内で山谷から続くソープ街の吉原。そして観光客で賑わう浅草までを写真を撮りながら丹念に歩いた。浅草では400円の弁当等に群がる住民たちの日常や、そこから電車を乗り継ぎ降りた日暮里では、300円の立食い蕎麦に行列をつくる人たちの光景を目の当たりにした。
私はどうしてそんな場所を須田先生が知っているのか不思議だったが、先生は日常的にこうした場所を訪れていることをあとから知った。
「下流という言葉を使うにしても、その風景を知っているのと知らないのとでは重みが違う。その場所に足を踏み入れた者にしかわからない肌感覚というのが必ずある。共同作業で本を出す君とその感覚を共有しておきたかった」。そう語る須田慎一郎先生は、いまや「取材するユーチューバー」の異名を持つが、自分の目で確かめたものを書くことを信念とする数少ないジャーナリストである。
さて、須田慎一郎先生がここ数年のあいだ吐露していたことがある。テレビ番組に出演しても、自分の発言がカットとなることが増えたという。たとえば「グリコ森永事件」について語っても、とくにグリコなどは関西圏では番組スポンサーになっていることが多く、そこに配慮してしまうらしい。その傾向が日に日に強まっていることに危機感を持っていた。
「どこかに本当の真実を伝えられるメディアはないのか?」。そんなジレンマを抱えていた須田先生にとって、この講座は水を得た魚のようになれる時間だったのではないか。意外と知られていないのだが、須田先生のジャーナリスト人生は、関西にある金融業界新聞の記者から始まっている。したがって金融もしくは経済ジャーナリストとしての出発だったのだが、関西において真っ当な取材活動をしていると、必ず現れる厚い壁がある。
それが「ヤクザ」「在日韓国朝鮮人社会」「部落問題」の3つだった。
なぜかこの3つがセットのようにいつも目の前に現れる。そして、まさにこの壁こそが、現在もマスコミの3大タブーと重なっているのは、周知のところだ。今回の講座は、まさにそうしたタブーに須田慎一郎が挑戦した内容だ。週刊文春に掲載されたスクープ記事、「山口組・宅見若頭射殺事件をめぐる中野会会長の単独会見記」の裏話や、のちに「イトマン事件」につながる取材の最中に、許永中から届いた手紙の内容など、既存のメディアでは公表できなかったエピソードばかりである。これまでの報道では辿り着かなかった真実を、この講座を観た者だけが知ることになるのだろう。